昭和42年10月11日 朝の御理解
その人の人間性の深さ、又は豊かさと言った様な物が、そういう人間性の、地味と言うか、豊かさと言うか、深さと言った様な物が、段々培われて来る。そういう豊かさ、深いさと言う物と相まって、天地の親神様の思いの深さ。親神様の心の奥の働きと言う物と一つになって。そこから、一つの調和音とでも申しましょうか。その調和のとれた、一つのリズムの様な物が流れ出て来る。
そこに私は、教祖の信心の素晴らしさを何時も感じます。教祖の神様のあの豊かな人間性。それに、天地の親神様の深い深い、とても人間私どもでは、想像も付かない深いお心の中というもの、そこから生まれて来る所の、神様の働き。いうものがです、その一つになると、何とも言えん味わいの事。いわゆる、何とも言えんおかげの事になって行く、そういう味わいを、何と言うですかね。
味わいを味わう、信心を進めて行ったら有り難い事だ、とこう思うのです。昨夜皆さん帰られたのが、もう1時過ぎ、とにかく2時回りましたでしょう。それぞれの送り出してから、御神前に出らせて頂いて、ちょっと心に掛る事があったから、その事を神様にお届けさして貰った。と言うのは昨日、私直接親教会から電話が掛って参りましてから、すぐ参りましたけれども。一足違いで前に出られた後であった。
また明日と言う事であった。その私に話があるから、打ち合わせがあるからと仰るその内容と言うのが、まあ色々御座いましょうけれども、前夜祭の事である。お祭りの前の夜に、前夜祭と言うのを、大祭の度にご奉仕致します。その事の打ち合わせだったらしいのです。豊美がその、やっぱ月次祭で御座いましたから、帰ってから、それも私に言うたのじゃない、他の人に話しておるのが。
今度親先生は、前夜祭は、こちらの先生方が仕えるのじゃなくてまあ親先生星野、北野それから鳥栖になる、あちらの若先生がお出でられてるその、いわばあちらの、内々だけで、まあ奉仕して下さろうと言うお話なのです。と言う風に、表になさるごたるものをと言う事を又聞きに、なんかその、ちらちらっと聞いたんです。その事が、ちょっと私、心に係りましたですね。
その事を神様に、まあお届けって言う訳ではないですけれども、そんな事を思うて最後の御祈念をさせて頂いておりましたら、もう、うとうとっとこう、眠った訳ではないけれども、眠った様な感じでした。そしたらそのようテレビなんかで聞くんですけれども、どこの歌かは民謡かは知りませんけれども、まあ東北辺りのまあ民謡であったと思うんですけれど。もう何とも言えんその味わいのですね。
そういう民謡調の一つリズムが私の眠り半、眠り半分の心の耳に響いて来るんですね。もうほんとにその何とも言えんその味わいなんです。ほいてふと目が覚めてから、ほんとに私色々思わして貰った。ただ今私が申しました私共のいわゆる人間性が豊かに磨かれ、それが深いものになって行く。天地の親神様のお働き天地の親神様の心の深さと言うものは、とても私ども凡人では分かる筈の事では御座いません。
それこそ深い御神意深い思し召しがあって、この事でありあの事なのである。それを人間の浅はかな知恵とか生き方で、それが右が良いの左が良いの、と言った様な事をですね、それは本当に浅はかな味わいのもの。深い深い味わいのものと言うものが、それから生まれて来る筈はないのである。日頃私がもう是はここの信心の一つの流儀の様に言われております。「成り行きを大事にして行け」と。
「成り行きを尊んで行け」と。ね。その時その時の、いわば出た時勝負。その事を大事に大事に頂いて行くという生き方。教祖の神様というお方はそう言う様な生き方をなさった。いわゆる、時節を尊ばれた。凡夫の事であるから凡夫の事であるからと、その人間凡夫というものをです、の知恵とか力と言うもので行こうとなさらず、どこまでも成り行きを大事にされ、「時節を待て、時節を待て。」
とこう時節を大事にされしておいでられた。そこからその、「はあ、これが御神意であったのか。これが神様の心であったのだな」と言う様な、その何とも言えんそのハーモニーと言うですか調和音と申しますか。いわゆる自然と超自然、天地の親神様と私ども親子の関係、間柄において生まれて来る所の、親の心子の心というものが、一つに溶け合うて、「有り難い」というものが生まれて来る。
金光様のご信心で言う有り難いと言うのは、そう言う様な場合に、私は「真に有り難い」と言うのじゃなかろうか、と言う風に思うのです。前夜祭を度々、もう内々だけで奉仕さして貰う。今までの例がそうである、わざわざ、他所から、「わざわざ先生来て貰わんで、まあこちらのご大祭の時に来て貰うならそれでいい」と。と言う様なものではなくてですね、そこにそういう働きがあっておるとするならばです。
「はあ、そうですか。それじゃあどうぞよろしくお願い致します」と云う事になれば良いのである。是は、これとちょっと反対の事がちょっとあったんです。是は、典楽の事でした。久留米の先生の奥様から、こちらにお話があった。今度のはどうでも一つ、合楽の開教式には楽を、いわば、久留米とか福岡辺りの、まあ大変お上手な方達に話をした。前にも飯塚の教会の娘さんと、ほいでから親教会の娘さんと。
今度御本部で舞われた舞を奉納しようと。豊美さんどげなふうじゃろうか、と言う様なその話があったんだそうです。ところがこちらではどっこい、その楽人さんも、毎日毎日一生懸命、その大祭の為の稽古を一生懸命しておるもんですから、豊美としてはもうそれは有り難い、とこう思うたんですよね。もう、ちっと楽人としても本当に楽である、とにかくまあ、もうその上手な方達が来て下されば。
ところがどっこい家の、その舞人じゃない、舞人または楽人の気持ちになったら、折角稽古ばしよっとに、よその人に取られてしまう、ちゅうごたるふうなものが、ありはせんだろうかと心配した訳です。さあどんなもんでしょうかうちも一生懸命、皆さん稽古しよりなさりますけん。一遍うちの楽人さん、ちょっと話してみましょうとこう言うた。案に相違なくです、家のその楽人さん達の所が「そげなつがあるもんか。
他所から来て貰うこつがあろか、家でちゃんと出来るじゃないの。下手でもやっぱ家んとが良か。まあその為に稽古しよるっちゃろ」と言った様な、その感情が半分入った様な事が、であったから、まあぁの、その事を申し上げてもうその、成程笛、笙、篳篥と言った様な物も、一緒に来てもう、まあ親教会から言って貰えば、来て下さる訳で御座いますけれども、それもそうたいな、と言う事であった。
秋永先生が明くる日、用があって参りましたから、その事を聞いて来とりましたもんですから。丁度それを、どげん言うて断る様子もなかったですから、「うちの楽人達も一生懸命やりますけん、まあ出来んなりにも、家の楽人達でやろう」と言いよりますとこう言うた、したら親先生も、「そらそうたい。もう内々で良かたい。ならもう、笛や篳篥やら言いよったけども。
ならわざわざ言わんで、舞人もあんたげで出来るなら、それで良かたい」と、まあ親先生は心良うその事を、まあ、そう言うて下さった。でこう云う事なんかでもですね、私は豊美と話した事なんですけれども。そういう時に、「はあ、そうですか、そんならどうぞよろしゅうお願いします」と言えれる様な私と、ここの雰囲気と言う物があれば、ほんとに素晴らしい、言わば福岡辺りからもみえるでしょう。
久留米からもみえるでしょう。舞人は、わざわざ飯塚の、飯塚の大久保先生の娘さんだったそうです。今度は。大久保先生の娘さんと、ひろこさんです。善導寺のひろこさんが舞って下さりゃ、もうほんとに、御本部の典楽そのものをここへ持って来る様な、感がある様な、楽が出来ただろうと思いますけれども、どっこい、家の舞人さん達の、感情と言うものを知っておりますから、それでちょっとこう、何と言うですかね。
そういう素晴らしい事にならなかった訳なんです。ここにはですねとっても、私はもう実にあのスムーズな神様の働きと言うものが、丁度水が隅々までこう染み渡って行くと言うか、染み込んで行く様な、何とも言えん地味な豊かな物がですね、ここに生まれて来るんですけれども、そういう受け入れ態勢出来てないと、中々出来ない。例えばんなら、前夜祭も家の先生方ばかりで、奉仕になると言った様な問題でも。
例えばその折角まあそれこそ水入らずで、せめて前夜祭だけぐらいは、家と先生方だけでした方が、親身にな前夜祭が出来るからそれをお断りする。と言った様な事ではいけないのぞと。自然にそう言う様な向こからそう言う風に、言うて頂いておるのであるから、ね、そこんところを有り難く受けて成り行きを大事にして行く。その成り行きを有り難く受けて行く所から、そこだけではないそれから先とてもですね。
素晴らしい味わいのものに成って来るのだ、と云う事を昨夜、頂いた様な気が致しました。私共の流儀で言うならばです。確かに、それの方がおかげなのですよ。そしてですね、「はあ、神様のご都合っちゃ、こういう所にあったんだなあ、こういうご都合があったんだなあ」と分からせて頂く様なおかげは、それから先に頂けるのですよ。それは丁度、民謡ですね。皆さんもテレビでお聞きになるから分かるでしょう。
どんなに良い歌であっても、それが流行り歌、流行歌と言うのはね、もう何ヵ月かしよったら、歌うごとでもない。人が歌おうと云う事しないでしょうが。所がですね、あの民謡と言うのはです、もう何時何時までも歌い続けられる。何時何時までも、その味わいと言うものを、皆を堪能させれる何物かを持っておる。ね。
山奥で生まれた民謡。海辺で出来た民謡。海では海辺、山では山ん中の、いうなら感情が自然の中に溶け込む様に、歌詞の中に、その又は節の中に、こう溶け込ん出来ておると言う様な、味わいというものが、民謡の強みだと私は思うのです。民謡はいつ聞いても飽かないでしょうが。いつ歌っても素晴らしいでしょうが。ところが流行歌というのは、取って付けた様なその時その時の世相を歌ったり。
まあその人の感情が折り込んで歌ってある、節も良い文句も素晴らしいと言うてもですよ。もうおれはもうその寿命と言うのは一時のものでしょうが。私共はそう言う様なおかげを、流行歌的なおかげを願わずにどこまでも自由豊かな、何時までも廃らない言わばそれが徳になる。それが神様の御信用の対象にでもなる、と言う様なおかげを頂く為にいよいよ「成り行き」と言うものを大事に大事にさして頂かなければならん。
と云う事が分かります。ですからその成り行きをこちらへ受け入れる時にです、自分の我情と言うものがあるとです、「そげなことがあるもんかい」と言うて、その折角の働きを向こうへ押し返す様な結果になりかねないのです。そういう私はおかげを頂いて行けれる、是は日常生活の中にです様々な問題がある。その問題を成り行きを大事に尊ばせて頂きながら成り行きを大事にさして頂きながら、その事と取り組んで行く。
しっかりそれと対決して行くと云う事。その事を合掌して受けて行くと云う事。そう云う事がいかに私どもの地味、豊かなですか、人間性を高めて行くか。豊かにして行くか、と云う事を感じます。「そうですか。それはどうもすみませんですね。それはもう、(ちら受けずなことして、他所の先生方が前夜祭をして下さる。ほんとにもう、どうも済みません」と。「いや、自分がしなきゃならん」と言った様なですね。
自分の小さい浅い、感情ではいけない。そういう働きがあるならば、「いやあ、それはどうも済みません」と受けて行きゃ、どのような素晴らしい、有り難い事になって行くやら分からん。それから先がまだ。そこでガツッと切ってしまう様な、それは話をすれば、それもそうたいのう」と。例えば、その楽のその話じゃないけども、親先生に、秋永先生が話したらです。
「そんなら、そげんしたっちゃ良かたい」と言う様な事になるけれども、それは結局、それなりのもの。それだけのもの。信心によっていよいよ、豊かな心を頂いて行きたい。いよいよ、信心によってその人間性の豊かさ。長持ちのするおかげの頂き方とでも申しましょうか。神様を大事にすると言うても、神様を尊ぶと言うても、只お祭りをしておる神様だけを大事にしたのでは、それはほんとの大事じゃない。
その神様の思いを大事にする。その神様の働きを大事にする。それでいて始めて神様を大事にしておる人、その神様を尊んでおる人と云う事が言えるんですよ。その神様の思いというものがどういう思いか分からん。それは私共人間の力凡夫の思いの至らない思いの限りではない。もう深い深い思いがある。神様は先の先の事までお考えになる。ほんとに何とも言えんおかげを下さろうとする働きが、あるのだけれども。
それを私ども人間の小さい感情とか知恵で、それを小さいものにして行ったんではおしい。同時に自分の人間性の豊かさと言う様な物も育たない。そこからいわゆる神様のそういう深い深い思いと、私共の豊かなその心をもってそれが一つに、こう溶け合うと言うかね。その時その時の民間の感情と言うかね。そういう感情とその時その時のその時代の様相と言った様な物がです、民謡の中にはこう折り込まれておる訳なんです。
それが、誰が作ったとも分からん様にしてです、その節が歌われ、それが次の時代まで歌い継がれて、現在、あの民謡があるのです。ほんと言うたら、それがすぐ、廃れそうな感じのものですけれども、それが廃るどころか、益々その歌い継がれ楽しまれておると云う事。民謡と流行歌の違いをです感じる時に、私どもが頂くおかげもです、取って継いだ様なおかげよりも、どこまで深さがあるやら分からん様なです。
おかげを味わいながら頂いて行く、いわばそういう道を教祖の神様は、私共に教えておって下さったとこう思う。お道の信心さして頂く者は、愈々そういう意味合いにおいてです、神様を大事にしなければならない。神様の思いを尊ばなければならない。それは成り行きをいかに大事にして行くか。その成り行きがどの様な難儀な問題の様にあっても、それとしっかり四つに組んで、その神意を悟らせて頂こうとする所に、お道の信心の深さがある様に思うのです。
どうぞ。